
この記事について
2026年9月16日、ゴトーラボ代表の後藤による最新著書「プロジェクトフレームワーク図鑑」が刊行となります。この記事では、本書におけるもっとも中心にあるメッセージや、この本の一歩深い使い方について、少し濃いめの解説をします。
もくじ
1 本書刊行における問題意識と核心的メッセージ
2 論点① 「techne(技術)」と「phronesis(実践知)」
3 論点② 「デザインパターン」と「アンチパターン」
4 本書のアプローチ
5 まとめ
本書執筆における問題意識と核心的メッセージ
書籍「プロジェクトフレームワーク図鑑」は、これまでの探求活動を経て後藤が到達した以下の定義を、商業出版の枠組みにおいて、初めて世に問うものである。
プロジェクトとは
不確実な環境や与えられた制約のなかで、限られた資源を用いて、なにかしらの成果物を生み出す非日常的な試みを通して、より望ましい新たな日常を迎えようとする取り組み
プロジェクトマネジメントとは
プロジェクト活動において、関係者同士の間で合意された品質や予算、期限などの目標や要件を達成するための、一連のプロセス管理
PMBOKは初版の刊行以来、プロジェクトを「定常業務とは異なる、独自の所産(成果物やプロダクト、サービスなど)を生み出すための、一時的な活動である」と定義し続けてきた。
それ自体に誤りはない。しかし、過去、プロジェクトマネジメントの現場は「手段の目的化」「成果物を作り出すことの目的化」に長らく悩まされてきた。
PMBOK第8版は、ここに至り、成果物を生み出すという言葉をやめて、価値を生み出すという言葉に切り替えた。
PMBOK第8版におけるプロジェクトの定義
“A temporary initiative in a unique context undertaken to create value.”
PROJECT MANAGEMENT INSTITUTE. A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK® Guide). 8th ed. Project Management Institute, 2025, 408p.
素直に訳すと、「価値を創出するために、特有の状況下で実施される一時的な取り組み」ということである。興味深いのは、ここで「一時的」”temporary”の概念が過去から引き続き継承されていることである。
しかし、プロジェクトは、本当に一時的なものだろうか?良かれと思って始めたプロジェクトが、終わりたくても終わることができないことは、現実社会においてしばしば発生する。
受託開発が納期遅れを繰り返し、訴訟という新たなプロジェクトに発展することもある。2026年現在でよく見かけるのは、2000~2010年頃に制作された社内業務システムが、移行先に切り替えたくてもどうにもできない、という中堅企業の悩みである。
「プロジェクト」と「プロジェクトマネジメント」は別個のものであり、それぞれ意識的に区別して定義すべきである。
そのことこそが、本書における、著者の最大の主張である。プロジェクトの本質は、変化しようとすること、変わろうとすることである。その場においては、成功も失敗もあらかじめ約束されていない。なにが成功なのか、失敗なのかも、やる前にはわからない。それがプロジェクトである。
プロジェクトを志す人は、社会を変えたい、会社を変えたい、世界を変えたいという。それは大事な動機である。しかし同時に、己自身が変化することなしには、世間も環境も、一ミリも変わらない。
プロジェクトマネジメントは、おおいなる矛盾を孕んだ言葉である。それはどこまでいって「お約束」の世界である。言ってみれば、公的に交わした契約を、約束通りに叶えるために、様々なフレームワークをお約束として共有し使いこなす営みである。
かたや、そもそもプロジェクトという行為は、優れて非常識的なものである。「お約束通りに変化を演出する」ということは、原理的にいって不可能な話である。
プロジェクトマネジメントの現場が「手段の目的化」「成果物を作り出すことの目的化」に長らく悩まされてきたのは、未来の結果を計画通りにコントロールしたいというそもそも不可能な欲求によって駆動されてきたことの、必然的帰結だったのである。
論点① 「techne(技術)」と「phronesis(実践知)」
アリストテレスは「知」を区別した。ひとつは「techne(テクネー、技芸・技術)」。これは反復可能な手順を対象に適用する能力である。最近の言葉だと、「スキル」と言い換えることができるかもしれない。習得でき、教えられ、標準化でき、評価者が採点できるもの。
AIを活用することで効率化が期待できると近年かしましく言われているのも、基本的には、このテクネーの世界の話である。
その対極にあるのが「phronesis(フロネーシス、実践知・賢慮)」である。これは状況ごとに異なる文脈のなかで「今この場面で何が正しい行為か」を判断する能力である。これは手順化できない。同じ状況は二度と来ないからである。
生産性を高めるためのアカデミックな理論体系を作ることは、第一義としてはテクネーを言語化し、形式知化することである。それと同時に、それをやればやるほど、フロネーシスの重要性を人類は再認識させられてきた。暗黙知や実践知と呼ばれる領域である。
近年の経営学やマネジメント理論でなされている議論でいえば、ハイフェッツの「技術的課題」と「適応的課題」の言い回しも、この議論継承している。
あるいは、松岡正剛が編集工学のなかで解き明かそうとし続けてきたのもまた、フロネーシスの問題だった。空海ならばそれをこそ密教だというだろう。禅者なら「そもそも言葉になどするな」と一喝して終わらせるだけかもしれない。レヴィ・ストロースならブリコラージュと呼ぶ。古き良き我が国の職人、親方は、きっと背中だけを見せることでそれを次代に継承することだろう。
これらはすべて「語り得ぬもの」へのあくなき希求である。(制御したいという欲望とは本質的に審級の異なる命題である)
そして筆者が「予定通り進まないプロジェクトの進め方」以来、この問題を語ろうとして無意識のうちに採用していた言葉こそ、「ルーチンワーク」と「プロジェクト」だった。
繰り返されるものと、1回限りのもの。スケールアップすること、繰り返されること、再現性をもたせること、属人性を離れることは、現代経営において無条件に良きものとされがちである。しかしそれは、本当に、そうなのだろうか?資本の論理においては間違いなくそれは正しいことだが、その資本の論理によって圧迫されているのが世界市民の現状ともいえる。
論点② 「デザインパターン」と「アンチパターン」
アンチパターンという言葉がある。ある文脈ではうまくいった手法やフレームワークが、別の文脈ではかえって逆効果になる、という戒めの言葉である。「ゴールデンハンマー」や「車輪の再発明」などが有名である。対義語をデザインパターンと呼ぶ。
デザインパターンもまたテクネー的所産である。アンチパターンの言葉の面白さは、テクネーに依存した瞬間に、プロジェクトの主体者は落とし穴に落ちるぞ、というメッセージ性である。
ちなみにこの暗黙知を形式知に変換し、組織としての知識創造性を高めるための方法論として、野中郁次郎の「SECIモデル」は有名である。しかし興味深いことに、野中はこの「SECIモデル」について、理念としては間違いのないものとして信念を持ちながらも、これをそのまま企業経営に移植しようとしても意味がないと考えた。
あらゆるパターンは、アンチパターンである。
あらゆるフレームワークは、アンチパターンである。
実践知を言語化することは、永遠に不可能である・・・・。
本書では、デザインパターンの語もひとつのフレームワークとして紹介している。ある意味ではこれこそが究極のフレームワークであって、プロジェクトとはなにかということを本当に真剣に考えたかったら、まずはこの図をずっと眺めるということを、本当はお勧めしたいのである。

本書のアプローチ
フレームワークとは、なにかの問題を解決するために便利な「思考法」である。概念をいくつかの変数に分解する。変数同士の構造を示す。初等数学で学ぶ、方程式みたいなものである。いや、方程式こそがもっとも論理的に矛盾や破綻を避けられる、最高純度のフレームワークである。
しかしそれは現象の一部を抽出したものであり、写像であり、断面であり、現象の全てではない。ゆえに、誤った現象に誤ったフレームワークを適用すると、簡単に人間は間違える。パターンのアンチパターン化とは、そういうことである。実践知とは、そういうことがないように、フレームワークを適切に使う能力を中心にしつつも、それを使うべきとき、使わないべきとき、新たに編み出すべきとき、そもそもフレームワークという概念を忘れるべきとき、といったものを、適切に選ぶ知恵のことである。
それは、目の前に投げ出された(pro-jected)状況のなかで、生きようとする主体者(sub-ject)が、自らの意志で考え、選び取らなければならない。プロジェクトとは、1回限りの現象学である。概念化され、抽象化され、法則のなかで繰り返されるものではない。他ならぬ自分自身の、自分だけの、孤独な戦い。己と世界の対峙。それは文学や詩、あるいは禅の実践者がやってきた戦いである。
このように言い換えても良い。テクネーに基づくルーチンワークは「方程式と統計学」の世界であり、フロネーシスに基づくプロジェクトは「現象学と運命論」の世界である、と。
身体の世界を直接言語化することは不可能である。それは、古今東西の優れた多くの思想家や哲学者、研究者が直面してきた壁である。筆者もまた、「プロジェクト」というパースペクティブのなかで、その難しさを悩み続けてきた。
ふとしたきっかけで、「むしろフレームワークで語ってみよう」というインスピレーションが降ってくるから、この世で生きることは面白いなと思う。単一のフレームワークでプロジェクトやプロジェクトマネジメントの真髄を語ることはできない。しかし、必要となるありとあらゆるフレームワークを動員し、それらのつながりあった世界を脳内でイメージすることができれば、かなり近いことができるのではないか、と。
つまり、本書で図鑑形式で紹介しているフレームワークのひとつひとつは、プロジェクトやプロジェクトマネジメントの「部分」たちである。それらはそれらの単体で役に立つものではあるが、本書が本当に役立つとすれば、本書で描かれているフレームワーク同士を、頭の中でつながりあわせた瞬間である。
それぞれのフレームワークを構成する「要点」は、ハイパーリンク構造における「ノード」である。最小単位のノードの結節点としてフレームワーク名称があり、各フレームワーク群を結合させるものとして「章」がある。さらにはその章同士にもつながりあいがある。
プロジェクト状況で思考することの本質は、個々のフレームワークを使いこなすことにはない。各フレームワークの部分、要素と要素をつなぎ合わせ、たどる。そのたどる軌跡にこそ、思考の本質が宿っている。
「重々帝網」あるいは「毘盧遮那=ヴァイローチャナ」構造について
そのつながりあい構造には、始まりもなければ、終わりもない。華厳経でいう「重々帝網」あるいは「毘盧遮那=ヴァイローチャナ」構造をなしている。すべての要素同士がつながりあっていて、どれかひとつが変われば、すべてが同時に変わるようにできている。
その意味で、本書は松岡正剛「花鳥風月の科学」へのオマージュでもある。
以下は、筆者が同書の意味構造を図化した試みである。

もっといえば、プロジェクトとプロジェクトマネジメントにおける諸概念の定義や意味をひとつずつ明らかにしたという面においては、白川静の字書づくりに連なる行為であったと考えている。
まとめ
社会のあらゆる局面でプロジェクト型の活動が展開され、多くの人が計画通りに進まない現実に悩まされている。ビジネスプロジェクトでは業務システム導入や新規事業テーマ探索、社内改善などが代表的であるが、私生活の場においてもマイ・プロジェクトというべき色彩を帯びた活動は多い。
受験や就活、結婚といった個人史上のマイルストンは、いうまでもなく、プロジェクトであるが、病からの回復といったものもまた、まごうかたなきプロジェクトである。
航海や農地・都市開発、学術研究など、文明の嚆矢の段階からすでに人類はプロジェクトとともにあった。しかしその歴史の長さにも関わらず、これを思い通りに100%確実に成功させる方法論は、いまだに確立されていない。
ある意味でいえば、ブッダによる初期仏教の探求や、アリストテレスによるテクネーとフロネーシスの議論もまた、自分流に言わせてもらえならば、「プロジェクトをどう進めるか」だった。つまり「我々は、いかにすればよりよく生きられるのか」、人類と人間が、そして自分自身がいまこうして生きている以上、その問いを手放す日はこない。その問いに決着がつく日もまた、こないのかもしれないけれども。
それでもなお、この問題は、考える意味がある問いであり続ける。そう確信してやまない。
この記事の著者

プロジェクト進行支援家
後藤洋平
1982年生まれ、東京大学工学部システム創成学科卒。
製造業DX・人材ビジネス・IT開発・新規事業などの経験から、プロジェクト活動における「未知」という難しさを痛感。解決策を模索するなかで、学生時代に学んだ設計学・サービス工学のプロジェクト活動への応用を着想した「プ譜(プロジェクト譜)」は、進行設計を計画書ではなく「譜面」として表現することで、管理に寄りすぎず、柔らかな進め方ができる手法として、静かながらも長年の支持を得ている。
組織マネージャ、ITプロマネ、二児の父という三足のわらじが履ききれなくなって、2019年5月に独立。企業研修や実務支援に取り組むなかで、どの業界、企業、人にも共通する悩みがあると理解し、なにか一助になりたいと思いながらも試行錯誤を続けている。近年はプ譜を用いた壁打ちセッションを試行中。
著書
・予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)
・見通し不安なプロジェクトの切り拓き方(宣伝会議)
・紙1枚に書くだけでうまくいく プロジェクト進行の技術が身につく本(翔泳社)
・“プロジェクト会議”成功の技法 チームづくりから意思疎通・ファシリテーション・トラブル解決まで(翔泳社)
・決まるプレゼン・会議の組み立て 意思決定のための「場」の演出論(ビジネス教育出版社)

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