「大変さを分かっていないくせに」問題

プロジェクトワークの現場の具体的な悩みに対して、それをひもとくフレームワークとその組み合わせ方を解説!第3回は、「専門性の違いによる対立」です。

今回のQuestion

Answer

PMは決定権と主導権を持っているが実行力がない。メンバーは実行力を持っているが決定権も主導権もない。この分離がある限り、「振る側」は業務量を軽く見積もりがちになり、「できる側」は「分かっていないくせに」と感じる。私も、異業種や未経験の分野の案件、初めて一緒に動く会社の人と関わるときには、常にこの問題に悩みます。

ご質問として、この対立について、価値観の違いではなく構造の問題として整理されているのが、素晴らしいと感じました。ともするとこのすれ違いは「あの人は分かってくれない」という話になりがちですが、人の問題にしてしまうと、解決するものもできなくなります。

今回は以下の4つのフレームワークを、診断から実践までの順番でご紹介します。

①権限行動チャート(作業計画)

②ジョハリの窓(人間関係)

③状況適合理論(チーム運営)

④WBS(作業計画)

フレームワーク① 権限行動チャート

要素:決定権・主導権・実行力

まずは状況の見立てをつけるフレームワークとして、「権限行動チャート」を紹介します。今回の対立を図に落とすと、PMは決定権と主導権を持っているが実行力を持たない「歴戦の名将」ポジション。メンバーは実行力を持っているが決定権も主導権も持たない「専門家・外部パートナー」ポジション。そんな構図が見えてきます。

これが意味するのは、「指示を出す側」と「実行する側」が完全に別人になっているということです。実行力のない人が決定権を持てば、見積もりが甘くなる。実行力のある人が決定権を持たなければ、必ず「分かっていないくせに」が生まれる。

まずこの図を両者で共有すること自体が、最初の一歩になります。「あなたが悪い」「私が悪い」ではなく、「この配置だと必ずこうなる」という共通認識に立ち、どうにかして互いに工夫し、一緒にこのストレスフルな状況を緩和しよう、というスタートラインに立ちます。

フレームワーク② ジョハリの窓

要素:開放の窓(Open Self)・盲点の窓(Blind Self)・秘密の窓(Hidden Self)・未知の窓(Unknown Self)

問題の構図が合意できたら、次は認識のズレの所在を特定します。ここで「ジョハリの窓」が役に立ちます。基本的に、人間はつねに無意識のうちに「自分が心のなかで思っていることは、言わなくても察してほしい」「自分の知っていることは常識だから、相手も知っていて当然」と思ってしまう生き物です。それは秘密の窓に留まり続けるということです。

工夫の方向は、秘密の窓を、開放の窓に動かす場をつくることです。

自分が知っていることを、無駄かもしれないと思いつつ、あえて開示する。自分が相手からどう見えているかを確認する。面倒でもそれを繰り返すことによって、ふたりの関係の質が向上します。

フレームワーク③ 状況適合理論

要素:援助的行動・指示的行動・部下の発達度

ここで補足的に意識するとよいのが、状況適合理論です。この理論では、部下の発達度に応じて、指示的行動と援助的行動の配分を変えることを勧めています。今回のメンバーは、専門スキルという能力は高いが、メンバーシップという意欲・関与の面では弱い、という状態です。これは「能力はあるが自信や積極性に欠ける」段階にあたり、本来必要なのは細かい指示ではなく、援助的な関わりです。

もしPM側が専門スキルがないことに引け目を感じ、「指示できないなら、せめて明確な依頼をしなければ」と、業務量を確認しないまま作業だけを割り振ってしまうと、それは指示的行動を強めているのと同じ結果を生みます。専門スキルがないからこそ、指示ではなく援助に徹してよい、という向きに発想を変えるのも有効です。

フレームワーク④ WBS

要素:成果物・中間成果・部品・作業

援助的な姿勢を、具体的な行動に変える手段として、最後に出てくるのがWBSです。ポイントは、PMが一人でWBSを書いてから振るのではなく、振る前にメンバーと一緒に書くことです。

実務スキルの薄いPMが一人で書いたWBSは、単なる(こうだったらいいなという願望ベースの)「作業の割り当て表」になります。メンバーと一緒に書くと、同じ作業が「この部品には想定外の検証が要る」「ここは前例がないので時間が読めない」という会話を伴いながら分解されていきます。WBSをつくる過程そのものが、業務量を可視化する対話になるのです。

専門スキルがなくても、この対話は成立します。むしろ専門スキルがないPMのほうが、「それはなぜ時間がかかるのですか」と素朴に聞くことができ、メンバー側も専門用語に頼らず言語化する練習になります。決定権と実行力が分離した構造そのものは変わらなくても、WBSを書く場だけは、主導権を一時的に分け合う場として設計できます。

まとめ

冒頭の質問のコアにあった問題は、メンバー側の「メンバーシップが弱い」という見立てでした。しかし権限行動チャートに立ち返ると、そもそも決定権も主導権も持たない場所に置かれた人は、メンバーシップを発揮する機会自体を与えられていない、とも言えます。

WBSを一緒に書く行為は、業務量を可視化する以上に、主導権をほんの少し分け渡す行為でもあります。援助的な姿勢と、それを形にする場の両方が揃ったとき、「分かっていないくせに」は「一緒に大変さを書き出した」に変わっていきます。

大変さは、察するものではなく、一緒に書き出すもの。そのように考えると、分断の谷を乗り越えて、互いに手を伸ばしあい、協力関係を作り上げることができます。

参考

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執筆者のご紹介

後藤洋平,ポートレート

プロジェクト進行支援家
後藤洋平

1982年生まれ、東京大学工学部システム創成学科卒。
製造業DX・人材ビジネス・IT開発・新規事業などの経験から、プロジェクト活動における「未知」という難しさを痛感。解決策を模索するなかで、学生時代に学んだ設計学・サービス工学のプロジェクト活動への応用を着想した「プ譜(プロジェクト譜)」は、進行設計を計画書ではなく「譜面」として表現することで、管理に寄りすぎず、柔らかな進め方ができる手法として、静かながらも長年の支持を得ている。

組織マネージャ、ITプロマネ、二児の父という三足のわらじが履ききれなくなって、2019年5月に独立。企業研修や実務支援に取り組むなかで、どの業界、企業、人にも共通する悩みがあると理解し、なにか一助になりたいと思いながらも試行錯誤を続けている。近年はプ譜を用いた壁打ちセッションを試行中。

著書

・予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)
・見通し不安なプロジェクトの切り拓き方(宣伝会議)
・紙1枚に書くだけでうまくいく プロジェクト進行の技術が身につく本(翔泳社)
・“プロジェクト会議”成功の技法 チームづくりから意思疎通・ファシリテーション・トラブル解決まで(翔泳社)
・決まるプレゼン・会議の組み立て 意思決定のための「場」の演出論(ビジネス教育出版社)

4年ぶりに、新刊が発売!

著者の後藤がこれまでさまざまな企業のプロジェクト支援や研修の現場で培ってきた経験をもとに、「実際に使えるフレームワーク」を体系的にまとめた一冊です。約20年をかけて壁にぶつかり、悩み、突破してはまたぶつかり、ということをやってきた全ての戦訓と気付きを濃縮還元し、「使えるところだけ」をテキストにしました。

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