「取引」(商談・契約・納品・検収)の一連の流れを「モノ」と「プロセス」の二元的解釈によって読み解く

この記事について

今回のテーマは「取引」

 どんな製品であれ、あるいはサービスであれ、取引がある場合、かならずそこには委託者と受託者がいます。

 いつものように、アリスとボブに、登場いただきます。

アリス:成果物を欲する人
顧客、依頼主など

ボブ:成果物を生み出す人
専門家、クリエイター、エンジニアなど

 経済活動において「取引」は、アリスがボブに「相談」を持ちかけたり、ボブがアリスに「提案」を持ちかけたりすることで、始まります。そのような、商取引を目的とする話し合いは「商談」と呼ばれます。「商談」を生み出し、まとめるための活動や、それを担当する人を、一般的な会社では「営業」と呼びます。

 では、商談がまとまる、とは、どういうことか。「成果物(納品するもの)」「仕様(成果物の満たすべき条件)」「取引条件(納期や対価、支払い方法など)」の3つについて、アリスとボブが合意する、ということです。
 仕様や取引条件ついて話し合うことを「要件定義」と呼び、合意された要件が文書化されたものを「契約書」と呼びます。契約を締結するために、事前に要望や要求を聞き取って、目的・目標や成果物、かかる費用や期間の見通しを立てることを「見積」といいます。

 この合意を出発点として「納品」という活動が始まります。「納品」とは「仕様」を満たす「成果物」の「設計・製造・検査」を実行し、引き渡す、ということです。成果物が納品され、そこに対価が支払われることで、最終的に、当初の願いがめでたく成就し、ものごとは落着し、関係各位は本懐を遂げる、ということになります。
 納品された納品物が、確かに依頼のとおりだったかどうかを確認する作業のことを「検収」と呼びます。

 ちなみに、こんな商品やサービスを生み出すといいのではないか?というアイデアや構想を「企画」と呼びます。それを実際に形にする作業を「開発」と呼びます。以上に挙げた様々な業務が、うまく回っていくように差配することを「管理」と呼びます。さらにちなみにいいますと、管理の精度や効率を高めるために「計画」があります。

 すでに決まっている品質基準を満たすように、設計通りに量産し、提供することを「ルーチンワーク」と呼びます。仕様や要件、設計、取引条件などに未知の要素を含み、新たに考える要素が多い場合に、その生産活動は「プロジェクト」と呼ばれます。

 ルーチンワークによる所産であるところの「商品」をスーパーマーケットやECサイトで販売することを小売といいますが、小売とは、商談や契約が極めてシンプルに短縮化された取引であるといえます。日常的な消費活動のなかでは、要件や設計といった概念を意識する機会はあまりありません。
 逆に、複雑なプロジェクトワークにおいては、要件を互いに握ることすらとても大変で、要件を定めるための作業をするだけでも、費用の授受が発生することもあります。そして、要件がうまく設定できずに仕事が進んでしまった場合、いつかどこかで、必ずなにかしらの問題に悩まされることになってしまいます。

企業同士の「取引」における、よくある悩み

 プロジェクトワークにおいて「商談」をまとめ、「請負」契約を締結し、約束通りに「納品」するということは、本来は、ごく自然な一連の流れとして進んでいくべきものですが、これは大変に難しい仕事です。

 特に、複数の人間の分業によってこれを進める場合、そして成果物の内容が複雑だったり、規模が大きいものであるような場合、理想通りの自然な流れを作るのは、不可能とすらいえます。

などなど、様々な要因によって、流れは阻害されます。そのなかで「営業」と「納品」の接続性は、悪化していきます。よって、多くの企業では「営業部隊」と「製造部隊」は利害対立の関係に陥ります。結果として、アリスとボブも、円満でいられない場合も、よくあります。

 筆者は2000年代後半に新卒就職し、光造形・粉体造形(いまでいう3Dプリンター)を用いた、自動車や家電部品の試作の営業をやっていました。

 その後転職し、人材紹介、EC、教育サービスを経験し、3社目で、2010年代後半に、いわゆるノーコード・ローコードSaaSの、企業向け導入コンサルテイングに携わりました。

 2020年代は独立し、主にプロジェクト業務支援や、IT人材開発分野におけるコンサルティング、研修の仕事などをやってきました。

 様々な組織の規模、そして業種業態で仕事をしてきましたが、いろんな畑を巡り歩いてきて、そのなかで改めて思うのは、煎じ詰めればどんな会社だって「営業」と「納品」でできている、ということです。そして、どんな会社だって、営業や納品の能率が思うようにあがらず、四苦八苦をしている、ということです。

 そして、その四苦八苦の根本原因を突き詰めて考えていくなかで、「わかった!!」と、思ったことがあります。それは、以下の気付きです。

 では「モノ」と「プロセス」を扱う、とは、どういうことか。

 製造業とサービス産業を比較すると、見えてきます。

製造業が納めるのは「モノ」である

 当たり前ですが、製造業は「モノ」を納める仕事です。
 モノとは、大前提として、目の前に現物があり、寸法を測ることができ、外観や動作を確認することができる、という性質があります。そのことは、発注者の意図と実体としての納品物にズレがある場合、それは即座に「取引の条件に反している」ことが明らかになります。
 モノの検収作業は、とても客観的なものであり、数値化可能なものです。ゆえに、素人目には、簡単に思えます。

 しかし、実はそうでもありません。

 そもそも、ものづくりの世界において、設計者やデザイナは、欲しいモノの形状を図面や3Dデータによって表すわけですが、これをそのままの形状で現物にすることは、不可能です。ものを作る際には、必ず誤差というものが生じますし、加工方法や材料によっては、原理的な多数の制約を受けます。
 ゆえに「どうしてもここが大事」という検査の観点と基準を的確に定めなければ、検収をすることはできません。ものづくりの世界では「品質」というと、なにか客観的な基準がありそうなイメージもありますが、実はそうではなくて、その場その場で設計意図を正しく理解し、品質基準を見定める必要があるのです。

 などなど、パターンは実に様々にあるのですが、いろいろな要因や背景のため、設計意図や品質基準を正しく言語化し、伝達し、ものづくりや検収作業に反映していくのは、非常に難儀な話です。

 ゆえに、モノを納めるために「商談と契約」を取りまとめ、手際よく「製造と検収」を進めるためには「プロセスを適切に工夫する」ということが、致命的に重要となります。よく製造業ではISOやHACCPといった「認証」を企業が取得する、ということがありますが、これはまさにこの、品質を担保するのが簡単なようで意外に難しい製造業において、プロセスが適切であるということを社会的に示すために、存在します。国家機関や専門機関によって「監査」を行うことや、その業務に従事する人間が「資格」を取得するのも、同様です。
 ちなみに、その人や企業の実績が、広く多くの人から認められたときに、自然発生するのが「信用(ブランド)」です。

サービス産業が納めるのは「プロセス」である

 これと対比すると面白いのが、SIビジネスや教育サービスです。

 SIerが納めるのは、複数のソフトウェアとネットワークによって構成される「情報システム」です。 「情報システム」もまた、ソース・コードやデータ、あるいは物理的なシステムインフラなどの「モノ」が納品物であるわけですが、アリスは通常、それそのものに触れるわけではありませんし、姿かたちは見えません。

 いや、PCやスマホのモニタによって見えるじゃないかというかもしれませんが、それは「情報システム」の「一時的な、あらわれ」でしかありません。デバイスが変われば見え方も変わります。権限が変われば挙動も変わります。正常系なのか異常系なのか、時と場合で見せる顔は異なります。
 その総体を、一挙に把握することは、できません。

 よくよく考えてみると、SIerが「情報システム」を通して本当に納品しているのは、実は「新たな業務プロセスなのです。

 さきほど、納品物がモノである場合でも、品質基準を定めるのが難しいといいましたが、「新たな業務プロセス」が納品物となると、そもそもなにをどうやって検査すればいいのか、もはやお手上げになってしまいます。
 多くのSIプロジェクトで、テストは通過したにもかからわず、いざ現場にシステムが導入されると、あとからあとから不具合や不都合が発生してしまう、ということが良く起きますが、それはまさに「プロセスを納品することの難しさ」を物語っているのです。

 ちなみにいえば、「プロセスの納品」は難しいのですが、難しいからこそ、いっそのこと厳密に品質保証することを諦めて、イージーに納品してしまうことを決心してしまえば、これほど簡単な納品もありません。
 筆者の経験談でいいますと、最初の会社でものづくりの世界の納品を体験し、その後、SaaSの世界の納品を体験しましたが、特に小規模事業者向けの納品の場合、売る方も買う方も「品質」という意識が根本的に欠如していて、とんでもない納品が横行していて、びっくりしたものでした。
(要するに、一見もっともらしくモノができているように、見せる。そのあと、顧客が望む業務プロセスが実現するかどうかは、知ったことではないと、頬かむりをしてしまう、という———)

教育サービスが納品するのもまた「プロセス」である

 「新たな業務プロセス」を納品するのは、情報システムの独擅場とは限りません。例えば教育サービスのことを考えてみます。教育サービスには「知識」を主に伝授するものと、主に「技術」を伝えるものがあります。その違いを考えると、そこにも「モノ」的な納品か「プロセス」的な納品か、という側面が見て取れます。
 「知識」の納品はテキストという明確に言語化された対象物がありますが、技術が身についたかどうかを確認するとなると、これまた難易度の高い話になります。

 さらにいうと、世の中には組織開発サービスと呼ばれる業態もありますが、これがなにをやっているのかというと、各種の「教育施策」の提供を通じて「組織のあり方を変えていく」ということです。そういうふうに見ると、組織開発サービスが売っているもの正体もまた、実は「新たな業務プロセス」である、ということが判明します。
 以上のように考察を積み重ねていくと、SI業と教育業が納品しているものの正体は、まったく同じである、という結論に至ります。

 もっといえば、医療だって介護だって、弁護士業務だってコンサルティングだって、いわゆる「委任・準委任」と呼ばれる契約類型で扱われる役務の提供は、すべからく「アリスの新たなあり方(プロセスや状態)」を、提供しているのです。

 委任・準委任的な業務は、モノとしての姿形の見えない「役務(サービス)」を提供するものだ、と、一般的には思われていますが、実はその業務の過程では、どこかで必ず「モノ」が介在します。

分野本質的な意味での納品物その実現のを鍵を握るモノ
SIビジネス顧客の業務プロセスの、新たなあり方ソフトウェアや情報システム
教育サービス対象者の技能や能力の向上知識が表現されたテキストやフレームワーク
組織開発顧客の組織や人間の、新たなあり方対象物として認知可能なデザインワーク
医療患者の健康の回復検査や処置のための器具、薬など
弁護士クライアントのリスクや損害の回避契約書やエビデンスなど

 このように見ていくと、なんだか不思議な感じがします。

 サービス産業は、大前提として、ボブはアリスの「未来のあり方(プロセスや状態)」を実現するものです。そのために、分析や助言や指導、施術などのプロセスワークを実施する。
 しかしそのすべてが無形であるわけではなく、必ずどこかに「モノ」が介在する。
 いやむしろ、プロセスワークがうまくいくかどうかは、その過程のなかでいかに適切に「モノ」を扱うことができるか、にこそ、かかっている———

プロジェクトワークの究極の技法は「モノ」と「プロセス」の見極め

 「目の前で、静止しているモノ」と「時間とともに変化していく、プロセス」。同じ「納品」でも、勘どころやポイントは、まったく異なります。

 いま、社会はますます複雑化し、専門分野やますます細分化されています。自分のやっている仕事が、会社や社会の、あるいは顧客にとってのどんな価値に繋がっているのか、よくわからない、あいまいだ、という感覚が広がっています。なにが成果で、なにがそうでないのか。どこからどこまでが義務なのか。なにが価値なのか。自分の給料は、一体どういう理屈で、どこから出てきているのか。こうしたふとした根本的な疑問に、スパッと答えられるという人は、なかなかいないことでしょう。

 その「わからなさ」は、現代におけるプロジェクトワークが、実に多重的で複雑な契約関係のもとに組成され、執行されていることに、原因があるように思います。

 実は「アリス」も「ボブ」も、一人の人間が演じる役割の側面でしかありません。人間は必ず、社会においてアリスとボブを、一人二役でこなしているのです。
 世の中には、複数のアリスから矛盾した要望を引き受けるボブ、という苦労もあれば、複数のボブに適切に成果や作業を分解し、割り振るアリス、という苦労もあります。

 2020年の民法改正によって「成果完成形の準委任契約」といった、考えてみるとよくわからない法概念が登場したのも、私たちのプロジェクトワークが、モノを納めているのか、プロセスを納めているのかがよくわからなくなってしまっていることが、背景にあります。

 おそらく、今後ますます、プロジェクト型のクライアントワークにおいて、「モノとプロセスの二元的論点整理」が、ますます重要になっていきます。

「いかなるモノを、いかなるプロセスで生み出し、納めるのか。それによって、顧客のあり方を、どのように変化させるのか」

 究極のところまで煎じ詰めていけば、実は、製造業だろうとサービス産業だろうと、結局のところ、ビジネステーマは、この問いに、集約されていきます。そして、モノとプロセスは、表裏一体、陰陽太極の関係にあります。つまり、どちらかに答えが出た瞬間、もう片方も決まる、ということです。
 かたやで人間の知能の限界として、根本的に、プロセスの変化を測定するのは、客観的に、目の前に現物のあるモノのようにはいきません。測定可能な「モノ」の「仕様」を、そしてそれを検討するプロセスや製造するプロセスを、徹底的に考え抜いていく以外にないのだろうと思います。

 結論としては、

 プロジェクトワークの究極の悟りを言葉にするならば、そんな言葉になっていくのかなと思います。

 このプロジェクトで、なにをやるのか。どこがゴールなのか。誰のためなのか。なにをやるべきなのか。なにをやったらいいのか。そういうことが、わからなくなってしまったら、「モノ」と「プロセス」という言葉を、思い出してみてください。


この記事の著者

後藤洋平,ポートレート

プロジェクト進行支援家
後藤洋平

1982年生まれ、東京大学工学部システム創成学科卒。

ものづくり、新規事業開発、組織開発、デジタル開発等、横断的な経験をもとに、何を・どこまで・どうやって実現するかが定めづらい、未知なる取り組みの進行手法を考える「プロジェクト工学」の構築に取り組んでいます。
著書に「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」「”プロジェクト会議” 成功の技法(翔泳社)」等。

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