
この記事について
あらゆるプロジェクトには個性があり、絶対にこうすればうまくいく、というものは、ありません。一方で、プロジェクトにはある程度の類型化や経験則、パターンがあるのも事実です。
このシリーズでは、委託・受託型、製品開発型、事業開発型、変革型の4つの類型に対して、進行にあたっての定跡を解説します。
今回は、事業開発型プロジェクトは、なにを、どこからどう始めるとよいのか、なにがどうなれば成功するのかを、世の中に広まっている概念や理論に加え、過去の筆者自身の試行錯誤体験から、解説します。
もくじ
1 着目する問題:事業開発型プロジェクトはどうすれば成功するか
2 事業開発の成功方法論は、近年、実に多くの概念や理論が提唱されている
3 筆者自身のWebサービス開発体験を紹介
4 起業体験も含めて、思うこと
5 まとめ
着目する問題:
事業開発型プロジェクトはどうすれば成功するか
さて、これまで「委託・受託型」と「製品開発型」の取り組み類型について解説してきたこのシリーズですが、今回は、事業開発型を取り上げます。
委託・受託の世界は、「甲と乙」という呼び方で契約書を交わし合う世界です。目の前に、具体的に、顧客がいます。その目の前の顧客の願いを叶え、喜ばせるような一品一様の成果物を引き渡し、それを対価と交換します。
製品開発の世界は、量産品としての成果物を面として展開する世界ゆえ、目の前には、具体的な顧客はいません。「顧客層」としか呼びようのない、集団的な顧客群があるだけです。
事業開発の世界は、売るべき製品やサービスを生み出すということと同時に、そもそも顧客がいないところから、顧客を探すことも含めて始めるプロジェクトです。
どんな成果物であるべきか、だけでなく、どこに、どんな要望をもった顧客がいるのかも、同時に探していかなければならない、という点で、変数や不確実性が、また一段階高まっています。
委託・受託の世界では、特にSIの分野ですと、成功確率は30%ぐらいだ、なんてことがよく言われます。事業開発だとこれが「センミツ」すなわち1000の試行があったら、3ぐらいは成功すればいいほうだ、と言われます。
そこまでガクンと成功確率が下がってしまうのは、やはり、この変数、不確実性の多さが影響していることは、明らかでしょう。
今回のテーマは、事業開発です。
事業開発の成功方法論は、近年、実に多くの概念や理論が提唱されている
昔々のことを考えると、事業開発における方法論が語られるということが、ほとんどなかったように思います。二十世紀の終盤から二十一世紀初頭にかけての経営理論の最右翼は、MBA経営学でした。
例えば、3つのCとか、5つの力といった経営構造の基本分析フレームワーク。あるいは、SWOT分析やリスク分析、シナリオプランニング。あるいは、STP分析やセグメント、ペルソナなどのマーケティング理論。事業の利益率とシェアに着目し、金のなる木や負け犬などに分類するPPM理論など。あるいは、製品開発アイデアをふるいにかけるステージゲート法。
これらは、事業開発の文脈でも活用されてはきましたが、基本的にはあくまで分析方法であり、発想の技法ではありません。これらの概念は、製品開発型のプロジェクトのほうが、はるかに馴染みがいいのです。おそらく、規格大量生産が世の中の経済の主エンジンだったため、世の中全体として「生み出すこと」よりも「アレンジすること」のほうに、軸足が置かれていたのでしょう。
インターネットの登場があって、ブロードバンド化があり、携帯電話に続いてスマートフォンが登場して、という流れのなかで、にわかに「事業開発」に関する理論や概念が様々に提唱される、という状況が出来しました。
IT・デジタルの世界でのビジネス創出というそのものが、社会的にまったく前例のない、新しいものだったことに加えて、製造業よりもデジタル産業のほうが、スピード感が格段に高いということが、その背景にあります。
一世を風靡してきた諸々の概念をキーワードと一言解説の形で並べていくと、こんな感じでしょうか。
アジャイル
企画開発に延々と時間をかけるのではなく、作って、試して、直して、また作って・・・ということを繰り返すこと。
デザイン思考
成果物を分析的に分解して考えるのではなく、統合的に発想するための一連のノウハウ群。
ジョブ理論
顧客の求める要望の上位にある要求やインサイトを探るための考え方。
バーニング・ニーズ
不完全でも、とにかく早くそれをくれ、金なら出す!というニーズこそが、向き合うべきニーズだと心得ること。
MVP
以上のような発想を、まずは素朴な形でもいいので、具現化し、試していくということ。
A/Bテスト
実現したい方向性がふたつあって、選べないときは、実際にやって、数字で検証して成績の良い方を残す。
リーン・スタートアップ
アジャイル開発をビジネスの文脈で扱うために、ビジネスの構造をキャンバスの上で簡易的に表現する。
エフェクチュエーション
アジャイル開発やリーン開発をIT要素の薄い事業開発に拡張するための組織的行動指針を言語化したもの。
従来型のMBA経営学に加えて、これらのスタートアップ方法論をマスターしようぜ、ということが、2000年頃、主に米国の西海岸で発祥し、2010年ごろには日本のIT・デジタルスタートアップ業界に波及、2025年現在は、多くの大企業や製造業でも、こうした考え方が取り入れられ、実践されています。
筆者自身のWebサービス開発体験を紹介
筆者自身の体験談としては、自分たちで提唱している「プ譜」という概念を世の中に広めたい、多くの人に使ってほしいという一貫で「キックプ譜」というサービスを展開しています。
強く意識してのことではありませんが、まずは作ってみて、リリースして、世間の反応を確かめて、そのうえで機能の拡張をして・・・ということを繰り返していまして、こうした動きは、まさにアジャイル開発の考え方に沿ってやっています。
そのなかで、印象に残ったエピソードとしては、収益化に関する試行錯誤です。
新たなサービスを世に出す、そこにはそれなりに独自性がある発想があって、実装においても複雑で高度な作業が必要とされ、ある種の有価物であることは、間違いない。ゆえに、これを利用してもらうにあたって、有償であることは、なんら不自然なことではない。いち事業者として、Webサービスを通して継続的かつ安定な収益を得ることは、大歓迎すべき事態であるし、むしろそれをこそ、目指したい。
そんなわけで、バーニング・ニーズ理論を参照しながら、課金のための機能を実装したことがありましたが、見事にこれが、大外れしてしまったのでした。
起業体験も含めて、思うこと
ちなみに、筆者は現在、ゴトーラボという名前の株式会社を運営しています。起業もまた、ある種の事業開発活動であることは、言うまでもありません。
先述のようなWebサービス開発だけでなく、受託型の仕事や研修業など、様々な形で仕事をしながら、日々の経営を回しています。
起業と事業開発が、完全にはイコールとも言い切れないのは、会社というものは、なんしかお金が回っていけば潰れることはない、ということです。資金調達の方法は、なにも顧客に製品・サービスを売るだけではなく、借り入れをしても構わないし、出資を募ってもいい。
もっといえば、固定費や変動費を極限まで切り詰めてしまえば、資金の調達をすることすら、必要なくなります。
近年提唱されてきたスタートアップ理論は、イノベーションやスケールアップと呼ばれるような、急成長を導こうという方向性の理論です。かたや、経営論のリアルとは、いかにして船を沈没させないか、そのために、いかにしてお金を回し続けるか、生き続けるかというところに主眼があります。
そこで問われるのは、いちにもににも、人間関係であり、信頼関係です。日々の営業活動と納品活動です。非常に泥臭く、生臭い話です。
理論(因果関係の概念化)のような、綺麗さっぱりとした理屈では語り得ない、偶然に支配される世界です。御縁の力としかいいようのない、因果関係や予測を超えたなにかに支配されています。
まとめ
以上のようなことを、一枚の譜面に落とし込んだのが、以下の表現です。ご参考いただけますと幸いです。

この記事の著者

プロジェクト進行支援家
後藤洋平
1982年生まれ、東京大学工学部システム創成学科卒。
ものづくり、新規事業開発、組織開発、デジタル開発等、横断的な経験をもとに、何を・どこまで・どうやって実現するかが定めづらい、未知なる取り組みの進行手法を考える「プロジェクト工学」の構築に取り組んでいます。
著書に「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」「”プロジェクト会議” 成功の技法(翔泳社)」等。
プロジェクトの進捗や人材育成に壁を感じていませんか?
もし、少しでも『あるかも』と感じたら、一度、悩みを話してみませんか。
プロジェクトの悩みは、ひとりで悩んでいても、なかなか、解決は難しいものです。
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ひとこと、お声がけいただければ、ご相談に乗らせていただきますので、お気軽にどうぞ。
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