
この記事について
この記事では、プロジェクトとは、いかに構想され、いかに探索されるべきかを語ります。いわゆるロジカル・シンキングやMBA経営学的なアプローチでは、原則として「ゴールからのプロセスの逆算」をせよと言われますが、未知のことや未来の分岐が多いプロジェクト状況においては、それもなかなか難しいのが現実です。
「定時退社」を獲得目標とした場合、というものを題材にして、考えてみます。
もくじ
1 今回のテーマは「定時退社」
2 以上に挙げたすべてのアプローチは、誤りである
3 課ヒントは「プロジェクト工学の三法則」にある
4 プロジェクト構想問題として定時退社を考える
5 まとめ
今回のテーマは「定時退社」
例えば、ある企業に務める会社員が「毎日定時で帰れるようになりたい」と願ったとします。
①いわゆるMBA式ビジネススクール的な「問題解決」の文法で考えると
以下のような論理展開がなされるのではないでしょうか。
●「毎日定時で帰れる状態」を、より詳しく具体的に定義しよう。
(SMARTに、等)
●そのうえで、現状とのギャップを洗い出そう。
(◯◯業務に時間がかかっていて、残業が発生している、等)
●ギャップを解消する方法を立案しよう。
(作業の時間短縮方法の導入、タスク管理や時間管理の徹底、等)
これはこれで、オーソドックスなアプローチです。 しかし、きっと、あくまで解決できるのは「問題として想定した範囲内」であり、その範囲を超えた問題が発生した場合、定時では帰れない事態が発生するかもしれません。
②人生の先輩がしたり顔で助言すると
以下のようなアドバイスが出てくるかもしれません。
●周りに気を遣っているから、帰れないんだ。嫌われる勇気を持て。
●残業のない部署に、異動しちゃえばいいんだよ。
●そういうときのためにも、普段から上司とは仲良くやらなきゃ。
●そもそも、独立しちゃえば、業務時間なんか、自分の思うがままだよ?
たまたま偶然、ぴったりした解決策が出てくるかもしれない。
しかし、その確率は果てしなくゼロに近い気もします。
③コーチに相談してみましょうか
●君は、そもそも、なぜ、定時で帰りたいんだろうか?ぜひとも傾聴したい。聞かせてくれないか。
●うんうん、なるほどね。とてもよくわかるよ。
●そこを、言語化するのが、大事なんだ。特に、このAI時代にはね。
●そうだな・・・人生のwant/must/canでも考えてみようか。あるいは、君自身のパーパスを。
「よりふさわしい問いを、一緒に考える」のは、悪いことではないように思えます。が、なんだか、誤魔化しの気配がしなくもない。対話する時間を増やしてしまったら、余計残業時間が増えそうだし。
そういえば、コーチングを受けてる時間って、就業時間にカウントされるんだっけ?
④ビジネスコンサルタントなら、どう答えるでしょう?
●「定時で帰りたい」から「定時で帰る方法」を考えるのは、論理展開が雑すぎるよ。
●そういうときは「上位要求」に着目しよう。君は、なぜ、定時で帰りたいのかい?
●なるほどね。それを叶えるには「定時で帰る」以外にも、手段はたくさんある。
●ベストなものを、一緒に考えよう。
まぁ、確かに、そう言われると、そうなんだけど・・・なんだかちょっと、はぐらかされたような気もします。いや、ただ単純に、定時で帰りたいんです。
⑤chatGPTに聞いてみたら
●タスク管理を徹底し、優先順位を明確にする。
●仕事の効率を上げるため、時間配分を見直す。
●上司や同僚に協力を依頼し、無理な残業を避ける。
まぁ、そうですよね・・・。それができる人は、こういうことで、悩まないんだ。にんげんだもの。
以上に挙げたすべてのアプローチは、誤りである
こうした次元で考えるあらゆる助言は、プロジェクト的な視点で捉えると「かえって定時では帰れなくなるような、足かせになるような結果」を、いつどこで生じさせても、おかしくありません。
①の場合→問題解決の思考プロセスの質が低い場合、結果は伴わない
②の場合→頓珍漢な解決策にたどり着く可能性が高い、あるいはそもそも解決策にたどり着かない
③の場合→内心を探っても、業務環境は変わらない(ゆえに、問いそのもののすり替えを志向する)
④の場合→結局のところ、①~③の混合である
⑤の場合→同上
願った結果が伴わないばかりか、誤ったアクションを取ることで、状況が悪化するかもしれません。
①の場合→余計な業務管理の導入により、生産性がむしろ低下する
②の場合→交渉相手を誤ってしまい、心証を悪くしただけで終わる
③の場合→ぼやけた言語化により、そもそも何が問題だったのかがわからなくなる
④の場合→①~③の混合
⑤の場合→同上
考えてみたら「定時で帰りたい」というのは、並行的に去来する様々な欲求のひとつでしかないのです。欲求には「いまの給与水準は維持したい」とか「まわりに無能だとか、怠惰だとか思われたくない」とか、様々なものが混沌として、絡み合っています。
当然ながら、「なぜ、定時で帰りたいのか」という事情は、人によって様々です。
親の介護が始まった、という人もいれば、子どもが生まれた、という人もいる。
職場のストレスに耐えきれない人もいれば、新しい趣味にのめり込んだ、という場合もある。
「定時で帰りたい」の度合いにも、多様性がある。
週に一度、残業するぐらいならオッケーなのか。10分、20分ぐらいは許容できるのか。
あるいは、時間ピッタリでないと都合のつかない事情があるのか。(保育園のお迎え時間など)
例えば「定時で帰りたい」の上位要求が「保育園のお迎え」であった場合、かなり高い確率で「パートナーやじいじ、ばあばの協力が得られないのか」「学童保育や育成室の延長サービスは使えないのか」という反問に直面することでしょう。
確かにそこだけを見て、そこだけを解決すれば、局所的な問題は解決するかもしれません。しかし「定時で帰りたい」と願う当事者の、幸せには、たどりつかないかもしれません。
ヒントは「プロジェクト工学の三法則」にある
ここで「プロジェクト工学の三法則」なるものをご紹介したく思います。
第一法則
やったことのない仕事の勝利条件は、事前に決められない。
第二法則
プロジェクトにおいては、こうあれかしと考えて立案した施策が、想定を超えた結果をもたらす。
第三法則
プロジェクトの過程における諸施策の結果もたらされる状況は、即座に次の局面における制約条件となり、ときにプロジェクトの勝利条件そのものの変更すらも要求する。
施策を誤ってしまうと、次に導かれるのは、より悪化した局面です。局面が悪化した場合、取れる選択肢は狭められていきます。その先にあるのは「手詰まり」です。
プロジェクト状況において、最も避けるべきなのは「選択肢を狭めるような選択」なのです。

実は、この図は状態「2-i」と「3-i」を、評価値順に並べていて、それがポイントになっています。(選択肢の豊富さが、局面の評価値と比例する)
プロジェクト構想問題として定時退社を考える
「定時で帰りたい」という願いを、プロジェクト構想問題として考えるなら、「定時で帰れる生活」を獲得目標とし、以下のプロセスを経ていきます。
① 理由はどうあれ、その獲得目標が、唯一かつ無二の、至上命題であるのだと、決心する
② 達成を阻む諸問題を洗い出す
③ そのうえで、もっとも致命的な問題は何かを見極める
④ 他の問題は一度棚上げし、最速でそれを解決するための方法を立案し、可能な限りの全資源を投入する
⑤ それによって導かれた状況を受け止め、評価する
⑥-1 引き続き当初の獲得目標の実現可能性が感じられるならば、次の致命的な問題に対処する
⑥-2 そもそもの願いを願うことが無意味になったならば、改めて、決心すべき獲得目標を考える
(以降、繰り返し)
この繰り返し構造は「三つの法則」という現実を踏まえ、そんな現実に適合していくための、唯一の方策です。最初から、正しい勝利条件がわからなくてもいい。意図した施策が、思い通りに奏功しなくてもいい。なぜなら、人間とは、情報処理能力がとんでもなく低くて、しかも、行為においても、一度にひとつずつしかできない生き物だから。
だからこそ、一番大事な、致命的な問題だけを考え、ただただそれだけに、あたっていけばよい。それしかない。そこで大事になるのが、第三法則なのです。自分が取った施策の結果、自ら選択肢を狭めては、元も子もありません。その先にあるのは、どん詰まりです。
選択するなら、よりマシな局面を選び、辿り着こうぜ、ということです。
よりマシな局面とは
●自分の願いがかなった状態に近い状態
●あるいは、何を願うべきなのかが、よりはっきりと分かった状態
●そして、それらの実現に向けての選択肢が、より広がった状態
ということです。このことを、意識できるか、できないかで、選択肢の検討の質も変わりますし、選択の質も、変わります。
まとめ
いわゆるロジカル・シンキングやMBA経営学的な課題解決の思考ですと、必ず、ゴールからの逆算を考えます。しかし、プロジェクト状況においては、その思考法に頼りすぎるのは、考えものです。
なぜなら、未知なる状況において、長期ゴールは、逆算するためにあるのではないからです。未来を展望するためにあるのです。もちろん、短期ゴールからは、逆算すればよいのですが、あまりに長期だと、逆算のしようがありません。逆算のしどころを誤らない、ということが、プロジェクトの構想において、致命的に重要なポイントです。
いの一番、初期局面の初手で「今の自分にふさわしい願い」を願うことができたなら、プロジェクトとは、その困難さに気づくことなく、いや、プロジェクトとして認知すらされずに、終わっていくものです。逆に言えば「何を願えばよいかわからず、やみくもに動いてみた結果、濁った局面に直面することで、願うべき願いに、初めて気づいていく、出会っていく」というのが、プロジェクトの実相である、とも言えます。
(だからこそ、一体なぜプロジェクト工学みたいなものが必要なのか、さっぱりわからない、という人と、出会えてしみじみと良かった、という人に、きっぱりと二極化します)
願うべき願いと出会った瞬間とは、過去、積み重ねてきた様々な蓄積と現在に、繋がりが見える瞬間でもあります。それは、伏線回収の気持ちよさの瞬間、とも言えますし、「必然的な偶然」という言い方もできます。
想定外に「奇貨置くべし」と即断できて、初めて、プロジェクトは、成就する。
こうしたことは、やはり、逆算式の構想では、なかなか、できないものです。さりとて、運命論に丸投げしちゃうと、それはそれで再現性というものがなくなってしまう。だからこそ、プロジェクトの思考法が、必要なのです。
最近はどうも「問い」流行りの世の中のようで、猫も杓子も「正しく問いを立てよう」なんて言っているようですが、そんなものは、凡夫には無理な話です。問いをデザインする、といったキャッチフレーズは、見た目はカッコいいですが、プロジェクトの役には立ちません。
もっとストレートにいえば「正しく◯◯すれば、楽々だ」というコンセプト自体が、コンサル商売のための虚構なのです。
プロジェクトは、目標を達成するべきものでも、成功させるべきものでもありません。願いを成就させ、本懐を遂げる、ということです。その部分部分には、ロジカル・シンキング的なものも、コーチング的なものも、もちろん、あっても構いませんが、より根本の部分に「叶えるべき願いを、模索する」「選択肢を増やすべく、工夫する」ということを、ぜひ、忘れないでください。
この記事の著者

プロジェクト進行支援家
後藤洋平
1982年生まれ、東京大学工学部システム創成学科卒。
ものづくり、新規事業開発、組織開発、デジタル開発等、横断的な経験をもとに、何を・どこまで・どうやって実現するかが定めづらい、未知なる取り組みの進行手法を考える「プロジェクト工学」の構築に取り組んでいます。
著書に「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」「”プロジェクト会議” 成功の技法(翔泳社)」等。
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