
この記事について
あらゆるプロジェクトには個性があり、絶対にこうすればうまくいく、というものは、ありません。一方で、プロジェクトにはある程度の類型化や経験則、パターンがあるのも事実です。
このシリーズでは、委託・受託型、製品開発型、事業開発型、変革型の4つの類型に対して、進行にあたっての定跡を解説します。
今回は、変革プロジェクトは、なにを、どこからどう始めるとよいのか、なにがどうなれば成就するのかを、過去の筆者自身の業務経験やライフワーク、探究活動の成果から解説します。
もくじ
1 着目する問題:変革プロジェクトはどうすれば成功するか
2 ある自治体での変革プロジェクトに関わった思い出
3 大企業での取り組み状況から考える変革のジレンマ
4 アカデミアから放たれた、看過できない提言
5 まとめ
着目する問題:
変革プロジェクトはどうすれば成就するか
気づけば、世の中は「変革」を求めています。
例えば、デジタル・トランスフォーメーションとか、グリーン、トランスフォーメーションといった言葉が、日々、メディアを賑わせています。トランスフォーメーションとは、根本的に構造が変わっていく、変えていく、という意味です。
思い返せば昔は「改革」が謳われていました。聖域なき構造改革、という言葉が一世風靡した時代も、ありました。同じ頃「IT革命」という言葉も、流行していました。それまでは、情報産業とかコンピュータといわれていたのが、インターネットの登場とともに「IT」という言葉に刷新されました。
2025年現在、改革という言葉は、すこしどこか、色褪せてしまったような気がします。大企業の世界でも、昔だったら、風土改革と呼ばれていたものが、いまだと、カルチャー変革と呼ばれます。
単なる言葉遊びではなく、おそらく、変化を必要とする内実や、その方向性そのものの変化が、このような言葉の変化をもたらしているように思えます。(そういえば、昔々、大企業のTVCMで「変わらなきゃも、変わらなきゃ」なんてキャッチコピーがありました。)
改革にしろ変革にしろ、自分たちのあり方を変えていこう、変わっていこう、という取り組みもまた、まごうことなきプロジェクトです。
そしてそれは、委託・受託プロジェクトとは、遥かに異なる世界です。
かたや、委託・受託型プロジェクトとは、甲と乙のふたりがいて、商取引として成果物を目指す取り組み。そこには明確な契約関係というものがありました。
翻って、変革プロジェクトに契約は必要ありません。社長と社員が変革契約を結ぶ、なんて、なんだか変です。
ある自治体での変革プロジェクトに関わった思い出
変革プロジェクトというと思い出すのは、とある自治体の取り組みに協力した経験です。
その概要は、県庁所在地の配下にある主要商店街並びに、周辺にあるいくつかの商店街の経済活性化を目的としたものでした。そのために、AIカメラを導入し、人流データを可視化することで経営に活かそうというのが趣旨でした。ついては補助金を活かしてハード、ソフトの両面から必要な情報システムインフラを整備したい、とのこと。
筆者は、そのための具体的な実装案を検討するにあたっての、先行事例調査や技術的基礎調査、地元関係者からの要望の聞き取りを担当しました。
約一年をかけて、調査やヒアリング、シミュレーションや中間報告などを挟み、最終的な報告書をお渡しする、という関わり方をしたのですが、そのなかで痛感したのは「人は、本当に、変革を望んでいるのだろうか」「話し合いで、変革は進むのだろうか」という疑問でした。
大企業での取り組み状況から考える変革のジレンマ
仕事柄、企業の変革プロジェクトを手伝わせていただくこともあります。クライアントは、従業員規模として、万を数える大企業であったり、あるいは数十名規模のオーナー企業だったり、様々です。
地方自治の世界よりは、企業のほうが、指揮命令系統が明確です。そして、原則的に、変革を望むのは必ず企業のトップです。
いまのままの事業構造ではまずい、このままの意識でいては、今後の時代の荒波を越えていくことはできない。そのような危機感から、企業のトップは、自社の組織や構成員に対して、変わることを求めます。
その結果として展開される状況はまさしく「紆余曲折」としかいいようのない混乱です。日々の定型業務のなかではしっかりと噛み合っている関係性が、変革を求めた瞬間、疑心暗鬼と相互不信に陥ります。
アカデミアから放たれた、看過できない提言
自分たちが、変わるべきであるということについて、誰しも異論はない。しかし、どう変わっていくべきか、どのようにすれば、変わっていくことができるのかについては、意見が一致しない。
これまで、そうした議論においては必ず「トップダウンか、ボトムアップか」という議論がされてきました。社会的には、多くの試行錯誤を経て、どちらでもないということが認識の基本となっているようで「ミドルアップダウン」という言葉が編み出されています。
企業組織において、経営的な文脈を見据えつつ、実際に現場を動かしていくのはミドルマネジメント層の役割です。そのミドルマネジメントが主体的に変革行動を主導していくべきだ、という考え方です。
理屈で考えるとたしかにそれは理想ですが、当のミドルマネジメントにとっては、リスクばかりが多く、得がないのが、悩みのタネです。また、実際のところ、ミドルマネジメントといっても実態は雇われの身であり、会社の行く末や従業員の未来というものをじぶんごととして危機感の源泉にできるかというと、微妙なところがあります。
ここで一冊、おすすめしたい一冊があります。

矛盾と創造 自らの問いを解くための方法論
小坂井 敏晶 著
祥伝社
なぜ、思想の変革が起きるのか。
人間と社会を深い洞察で解き明かしてきた著者が、
パリ第八大学でフランスの学生に説いてきた知のあり方、方法論。
本書の掲げる問いは、なぜ、思想の変革(従来の社会規範の逸脱)が起きるのか、ということです。この問題に対して、自然科学におけるパラダイムシフトを範にとりながら、社会心理学における豊富な知見と実践知をもとに、挑んだ書です。
特に、トップダウン的な思想変革理論を提唱したホランダーに対するモスコヴィッシの反論について述べた部分が白眉です。
◆ホランダーによる仮説
集団で人気があり、尊敬され、権威や権力を持つ指導者は、メンバーからの信用があるおかげで、社会規範を逸脱できる
◆モスコヴィッシによる反論
①歴史を振り返ると、少数派であり、無視、非難、虐待されながらも信念を説くことで変革は達成されてきた
②社会的な上位者は地位を守るために社会構造の維持に努めるのが普通だ
③上からの改革では、変化の前後で同じ者が上位に居座り続けるが、現実には、変動が激しいほど、上位者は交替する
◆モスコヴィッシの意見
・社会が閉じた系ならば、そこに発生する意見や価値観の正否は、内部の論理だけで判断される
(少数派は否定され、多数派に飲み込まれる)
・社会は「開かれた系」であるから、撹乱要素は既存の規範に吸収されるとは限らず、ときに社会構造を変革する
(少数派が常識や暗黙の前提を見直すきっかけを与え、新しい発見や創造が現れる)
まとめ
フラットかつ冷静に、論理的に考えますと、変革を計画的に達成するという発想ほど、非合理的で、ナンセンスな発想はありません。
社会や組織におけるあらゆる主体者には、自由意志があり、その内心に対して、他者が思想の変更を強制することは、できません。お金や権力の論理によって、表面的な行動を一時的に変えることはできるかもしれませんが、長続きはしません。
変革を達成しようとするならば、関心を獲得することで、自発性を引き出すという以外に、アプローチはありません。
音楽でいえば、ジャズのように、即興的な運動を重ねていく以外に、ありません。
そのようなプロジェクトのあり方を、著者なりに表現したのが、下の図です。

ご参考になるようでしたら、幸いです。
この記事の著者

プロジェクト進行支援家
後藤洋平
1982年生まれ、東京大学工学部システム創成学科卒。
ものづくり、新規事業開発、組織開発、デジタル開発等、横断的な経験をもとに、何を・どこまで・どうやって実現するかが定めづらい、未知なる取り組みの進行手法を考える「プロジェクト工学」の構築に取り組んでいます。
著書に「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」「”プロジェクト会議” 成功の技法(翔泳社)」等。
プロジェクトの進捗や人材育成に壁を感じていませんか?
もし、少しでも『あるかも』と感じたら、一度、悩みを話してみませんか。
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ひとこと、お声がけいただければ、ご相談に乗らせていただきますので、お気軽にどうぞ。
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