プロジェクトの構想の真髄を「定時退社」を題材に考える

この記事について

今回のテーマは「定時退社」

 例えば、ある企業に務める会社員が「毎日定時で帰れるようになりたい」と願ったとします。

①いわゆるMBA式ビジネススクール的な「問題解決」の文法で考えると

 以下のような論理展開がなされるのではないでしょうか。

 これはこれで、オーソドックスなアプローチです。 しかし、きっと、あくまで解決できるのは「問題として想定した範囲内」であり、その範囲を超えた問題が発生した場合、定時では帰れない事態が発生するかもしれません。

②人生の先輩がしたり顔で助言すると

 以下のようなアドバイスが出てくるかもしれません。

 たまたま偶然、ぴったりした解決策が出てくるかもしれない。
 しかし、その確率は果てしなくゼロに近い気もします。

③コーチに相談してみましょうか

 「よりふさわしい問いを、一緒に考える」のは、悪いことではないように思えます。が、なんだか、誤魔化しの気配がしなくもない。対話する時間を増やしてしまったら、余計残業時間が増えそうだし。
 そういえば、コーチングを受けてる時間って、就業時間にカウントされるんだっけ?

④ビジネスコンサルタントなら、どう答えるでしょう?

 まぁ、確かに、そう言われると、そうなんだけど・・・なんだかちょっと、はぐらかされたような気もします。いや、ただ単純に、定時で帰りたいんです。

⑤chatGPTに聞いてみたら

 まぁ、そうですよね・・・。それができる人は、こういうことで、悩まないんだ。にんげんだもの。

以上に挙げたすべてのアプローチは、誤りである

 こうした次元で考えるあらゆる助言は、プロジェクト的な視点で捉えると「かえって定時では帰れなくなるような、足かせになるような結果」を、いつどこで生じさせても、おかしくありません。

 願った結果が伴わないばかりか、誤ったアクションを取ることで、状況が悪化するかもしれません。

 考えてみたら「定時で帰りたい」というのは、並行的に去来する様々な欲求のひとつでしかないのです。欲求には「いまの給与水準は維持したい」とか「まわりに無能だとか、怠惰だとか思われたくない」とか、様々なものが混沌として、絡み合っています。

 当然ながら、「なぜ、定時で帰りたいのか」という事情は、人によって様々です。

 親の介護が始まった、という人もいれば、子どもが生まれた、という人もいる。
 職場のストレスに耐えきれない人もいれば、新しい趣味にのめり込んだ、という場合もある。

 「定時で帰りたい」の度合いにも、多様性がある。

 週に一度、残業するぐらいならオッケーなのか。10分、20分ぐらいは許容できるのか。
 あるいは、時間ピッタリでないと都合のつかない事情があるのか。(保育園のお迎え時間など)

 例えば「定時で帰りたい」の上位要求が「保育園のお迎え」であった場合、かなり高い確率で「パートナーやじいじ、ばあばの協力が得られないのか」「学童保育や育成室の延長サービスは使えないのか」という反問に直面することでしょう。
 確かにそこだけを見て、そこだけを解決すれば、局所的な問題は解決するかもしれません。しかし「定時で帰りたい」と願う当事者の、幸せには、たどりつかないかもしれません。

ヒントは「プロジェクト工学の三法則」にある

 ここで「プロジェクト工学の三法則」なるものをご紹介したく思います。

 施策を誤ってしまうと、次に導かれるのは、より悪化した局面です。局面が悪化した場合、取れる選択肢は狭められていきます。その先にあるのは「手詰まり」です。
 プロジェクト状況において、最も避けるべきなのは「選択肢を狭めるような選択」なのです。

 実は、この図は状態「2-i」と「3-i」を、評価値順に並べていて、それがポイントになっています。(選択肢の豊富さが、局面の評価値と比例する)

プロジェクト構想問題として定時退社を考える

 「定時で帰りたい」という願いを、プロジェクト構想問題として考えるなら、「定時で帰れる生活」を獲得目標とし、以下のプロセスを経ていきます。

 この繰り返し構造は「三つの法則」という現実を踏まえ、そんな現実に適合していくための、唯一の方策です。最初から、正しい勝利条件がわからなくてもいい。意図した施策が、思い通りに奏功しなくてもいい。なぜなら、人間とは、情報処理能力がとんでもなく低くて、しかも、行為においても、一度にひとつずつしかできない生き物だから。

 だからこそ、一番大事な、致命的な問題だけを考え、ただただそれだけに、あたっていけばよい。それしかない。そこで大事になるのが、第三法則なのです。自分が取った施策の結果、自ら選択肢を狭めては、元も子もありません。その先にあるのは、どん詰まりです。
 選択するなら、よりマシな局面を選び、辿り着こうぜ、ということです。

 よりマシな局面とは

ということです。このことを、意識できるか、できないかで、選択肢の検討の質も変わりますし、選択の質も、変わります。

まとめ

 いわゆるロジカル・シンキングやMBA経営学的な課題解決の思考ですと、必ず、ゴールからの逆算を考えます。しかし、プロジェクト状況においては、その思考法に頼りすぎるのは、考えものです。
 なぜなら、未知なる状況において、長期ゴールは、逆算するためにあるのではないからです。未来を展望するためにあるのです。もちろん、短期ゴールからは、逆算すればよいのですが、あまりに長期だと、逆算のしようがありません。逆算のしどころを誤らない、ということが、プロジェクトの構想において、致命的に重要なポイントです。

 いの一番、初期局面の初手で「今の自分にふさわしい願い」を願うことができたなら、プロジェクトとは、その困難さに気づくことなく、いや、プロジェクトとして認知すらされずに、終わっていくものです。逆に言えば「何を願えばよいかわからず、やみくもに動いてみた結果、濁った局面に直面することで、願うべき願いに、初めて気づいていく、出会っていく」というのが、プロジェクトの実相である、とも言えます。
(だからこそ、一体なぜプロジェクト工学みたいなものが必要なのか、さっぱりわからない、という人と、出会えてしみじみと良かった、という人に、きっぱりと二極化します)

 願うべき願いと出会った瞬間とは、過去、積み重ねてきた様々な蓄積と現在に、繋がりが見える瞬間でもあります。それは、伏線回収の気持ちよさの瞬間、とも言えますし、「必然的な偶然」という言い方もできます。

 想定外に「奇貨置くべし」と即断できて、初めて、プロジェクトは、成就する。

 こうしたことは、やはり、逆算式の構想では、なかなか、できないものです。さりとて、運命論に丸投げしちゃうと、それはそれで再現性というものがなくなってしまう。だからこそ、プロジェクトの思考法が、必要なのです。

 最近はどうも「問い」流行りの世の中のようで、猫も杓子も「正しく問いを立てよう」なんて言っているようですが、そんなものは、凡夫には無理な話です。問いをデザインする、といったキャッチフレーズは、見た目はカッコいいですが、プロジェクトの役には立ちません。
 もっとストレートにいえば「正しく◯◯すれば、楽々だ」というコンセプト自体が、コンサル商売のための虚構なのです。

 プロジェクトは、目標を達成するべきものでも、成功させるべきものでもありません。願いを成就させ、本懐を遂げる、ということです。その部分部分には、ロジカル・シンキング的なものも、コーチング的なものも、もちろん、あっても構いませんが、より根本の部分に「叶えるべき願いを、模索する」「選択肢を増やすべく、工夫する」ということを、ぜひ、忘れないでください。


この記事の著者

後藤洋平,ポートレート

プロジェクト進行支援家
後藤洋平

1982年生まれ、東京大学工学部システム創成学科卒。

ものづくり、新規事業開発、組織開発、デジタル開発等、横断的な経験をもとに、何を・どこまで・どうやって実現するかが定めづらい、未知なる取り組みの進行手法を考える「プロジェクト工学」の構築に取り組んでいます。
著書に「予定通り進まないプロジェクトの進め方(宣伝会議)」「”プロジェクト会議” 成功の技法(翔泳社)」等。

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